皐月賞、ダービー、菊花賞に出走したのに、高知競馬で46連敗した馬とは?
NHK杯で一躍有名になった馬!
マイネルガーベは第43回NHK杯G2東京芝2000m(NHKマイルCの前身)で15番人気で2着にきた競走馬。
記憶に残ってる人も多いと思います。
1着マイネルブリッジ
2着マイネルガーベ
マイネルガーベは前走の皐月賞で最低人気の13着だったので、NHK杯も人気なかったのね。
それでもマイネルガーベは、皐月賞(13着)、ダービー(13着)、菊花賞(18着)クラシックに全て出走していたのです。
結果はともかく、クラシックにすべて出走するだけでも凄いと言えば凄い。
マイネルガーベの競争生活トータルの戦績は下記の通り。
148戦11勝(11-11-10-116)
これだけ走ってるということは察しがつくと思います。
そう、マイネルガーベは途中から地方競馬に転属していたのです。
それでも148戦は凄い。
しかし地方競馬は、それをはるかに凌ぐ記録があった。
日本国内の記録は、セニョールベストの409戦というのがある。
国内最多記録を持つセニョールベスト(高知)の出走回数が400の大台に到達
競馬界の衣笠かよ。
マイネルガーベの話に戻るが、
マイネルガーベの11勝のうち、3勝は中央競馬(中山2勝、新潟1勝)。
残りの8勝は地方競馬(高知のみで勝利)。
6歳の夏を最後に中央競馬に見切りをつけて地方で走るようになったのである。
高知に転属される前は、大井や川崎で中距離を走ってみたが散々な結果だったようだ。
新味を出したのは高知の短距離(ほとんど1300m)。そこで蘇った感があります。
記事タイトルにある「46連敗」というのは、
マイネルガーベは高知競馬で2003年1月13日のレースを勝ったのが最後で、
同年2月22日のレースから2005年3月27日の「マイネルガーベ引退」レースまで未勝利。
その間、46戦して一度も勝てなかった。引退した時は13歳。
2年2か月ちょっとで46戦できたのは、馬体が丈夫だったのもあるが短距離ダートだから可能なんだろう。
芝で使い込むと怪我するし、距離が長ければ疲労が溜まる。
この46連敗期間中にも2、3着ならぽつりぽつりとあったようだが、
年齢的な衰えなのか、もともと切れがなかったのか分からないが勝ちきれなかった。
マイネルガーベは2014年8月17日に死亡。NHK杯を勝ったマイネルブリッジはその2年後に亡くなった。
高知の競馬ファンに親しまれ、最後まで愛され続けたマイネルガーベであった。